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海賊党の知財ポリシー

2023.03.06

 

目次

1.海賊党とは

スウェーデンで発祥して、ヨーロッパ諸国を中心として各国で次々に立ち上げられた海賊党というセンセーショナルな名称の政党が、近年、その活動領域を広げている。この海賊党は、開発したファイル共有ソフトがスウェーデンの著作権法に抵触するとして逮捕されたスウェーデンのプログラマのリック・ファルクヴィンゲによって、2006年に立ち上げられた政党である。

ファルクヴィンゲは、海賊党の御旗(海賊党の現物の旗のデザインは、海賊のシンボルである「髑髏」である。)の下で、ファイル共有ソフトの合法化や著作権法改正を中心とした、知財による規制の撤廃を求める主張を行っている。海賊党という名称も、正規の著作物が無断で複製されたいわゆる「海賊版」にちなんで名づけられたものであるといわれている。

このような「反知財」を標榜する海賊党とは、いったいどのような組織なのであろうか。知財業務に従事する筆者としては、非常に気になるところである。そこで、本稿では、海賊党の政治活動が、どのような知財ポリシーのもとで行われているのかを確認することにしたい。

 

2.海賊党の概要

まずは大雑把に、海賊党の概要について眺めておきたい。

ヨーロッパ諸国を中心とした海賊党の設立の動きは、知的財産権の侵害となるような模倣品や海賊版の拡散を防止する目的で2010年に起草された「模倣品・海賊版拡散防止条約」(Anti-Counterfeiting Trade Agreement:ACTA)の締結に反対する活動がヨーロッパ諸国で活発になったことを起因として、盛んになった。

海賊党は現在、70カ国以上で設立されて活動していると見込まれるが、なかでも、ドイツで設立された海賊党(以下、「ドイツ海賊党」という。)は、インターネット上のあらゆる規制の撤廃を求めるべく、スウェーデンで発祥した海賊党(以下、「スウェーデン海賊党」という。)と連動して2006年に設立され、スウェーデン海賊党が2009年の欧州議会議員選挙で2議席を獲得したことを契機として活動が活発化し、現在、各国の海賊党の中で最も精力的に活動しているといわれている。

このドイツ海賊党は、多数の国家において主に採用されている間接民主主義を直接民主主義的に補完あるいは修正すべく、海賊党内で政策的なテーマを発議してインターネットを経由して頒布し、一般市民がインターネットを介してテーマに対する投票を試験的に行い、その投票結果に基づいて党内での議論を行って最終的に採決を行うという、「液体民主主義」と称されるユニークな手法を採用している。

液体民主主義で取り扱われるテーマは、内政、環境、経済等といった15の分野によって構成され、その中には「デジタルの著作権・特許権、データ保護」という知財に関する政策テーマも含まれている。しかも、知財に関するテーマは2番目のテーマとして位置づけられているから、ドイツ海賊党がいかに知財政策を重要視しているかが窺えよう。

このような海賊党が掲げる知財ポリシーとは、いったいどのようなものなのであろうか。

 

3.知財に関する海賊党の主張

上記のように、スウェーデン海賊党の設立を契機としたドイツ海賊党の設立がトリガとなって、ヨーロッパ諸国に海賊党が続々と設立されることとなったこともあって、諸国の海賊党の活動の中でもドイツ海賊党の活動が最も盛んであるといえる。

そうであるとしても、「ドイツ海賊党はスウェーデン海賊党の理念を継承している」※1ことから、知財ポリシーも含めてその主義主張は互いに自ずと共通する部分が多いであろうと考えられる。

したがって、本稿では、スウェーデン海賊党が主張する知財ポリシーを中心としながらも、それと関連する部分については、ドイツ海賊党が主張する知財ポリシーについても触れることにしたい。

3.1 著作権の効力の制限

まず、スウェーデン海賊党の知財ポリシーの中でも最もメジャーなポリシーとして、著作権の効力の制限に関するものを挙げることができる。スウェーデン海賊党は、著作権の効力は、他人の著作物を無断で利用して収益を上げている場合にのみ及ぼすべきであって、個人が私的に著作物を利用する場合には、その効力を及ぼすべきではないと主張する。すなわち、著作権の効力が及ぶ範囲を制限すべきであると主張するのである。著作権に抵触するとされたファイル共有ソフトの合法化を求めて設立されたスウェーデン海賊党の経緯に鑑みれば、当然に掲げられるポリシーであるといえる。

この点について、ドイツ海賊党も、あらゆるコンテンツがデジタル情報として無限に複製されて流通する現在のデジタル社会において、著作権のうちの複製権を禁止しようとすれば強力な監視体制を敷かなければならなくなるところ、そのような監視体制を実現するとすれば、深刻な人権侵害(プライバシー領域の侵害)が引き起こされるであろうという推論を根拠として、非商業活動(個人が自らのみで利用するような場合、あるいはファイル共有で代表されるような、個人間におけるコンテンツの共有等を指すものと考えられる。)においては、複製権の行使を認めるべきではないと主張している。

なお、ファイル共有に関しては、わが国では、サーバを介してユーザ間でファイルを共有できるファイルローグの管理者が著作権を侵害しているとされた「ファイルローグ事件」や、サーバを介さないでユーザ間でファイルを共有できるソフトウェアを提供した人物に対して著作権侵害の幇助が問われた「Winny事件」等といった事例が存在する(この「Winny事件」は映画化されて、近日、公開されるようである。)。

3.2 著作権の存続期間の短縮

著作権の効力の制限に加えて、スウェーデン海賊党は、著作権の存続期間を、現行の著作者の死後70年から著作者の死後5年に短縮すべきであると主張する。著作物を著作権として保護することによって著作者(著作権者)に創作へのインセンティブを付与するという著作権法の一つの目的は認めつつも、自らの死後70年にも亘って権利として保護するからといって著作者(著作権者)の創作へのインセンティブが高められるかというとそういうことにもならないであろうし、それならば、早期に広く公有財産とすることによって文化活動に寄与するのがよいであろうといった趣旨に基づく主張のようである。

この点について、ドイツ海賊党も、著作権の存続期間を、現行の著作者の死後70年から著作者の死後10年に短縮すべきであると主張する。スウェーデン海賊党の著作者の死後5年に短縮すべきという主張に比べれば、いくぶんは緩やかな主張ではあるが、そうだとしても、条約や国際調和的な観点から規定された著作権の存続期間を大幅に短縮する主張であるから、過激な主張であると捉える向きも少なくはない。ドイツ海賊党による著作権の存続期間の短縮の主張は、現行の存続期間があまりにも長すぎるがために著作物の利用が促進されないことから、文化の発展に寄与しないといったことを根拠にしているようである。

3.3 特許制度の廃止(特に製薬に関する特許)

スウェーデン海賊党は、著作権のみならず、特許についてもその独特なポリシーを主張する。特許に関するポリシーとして彼らは、特許制度は廃止すべきであり、特に、製薬に関する特許は不要であると主張しているのである。この主張に対しては、発明を特許として保護することによって新規開発へのインセンティブを付与するという特許制度の存在意義を本質的に問う観点から、種々の方面から相当な反論が集まっているようだ。すなわち、研究開発の成果物である発明を開示する代償として特許権を付与する特許制度が廃止されてしまうと、研究開発に対する意欲が喪失してしまい、結果として技術の進歩が阻害されてしまうという立場に基づく反論である。

これに対して、スウェーデン海賊党は、①特許が乱立するとクロスライセンスが増発することによってイノベーションが阻害される、②特許で技術に独占権を付与すると、他者は侵害を回避すべくロイヤリティを支払うことから、製品価格が上昇し、結果として消費者に金銭負担が強いられることになる、等といった旨の理由をいくつか列挙して対抗している。特に、製薬に関する特許については、世界的な疫病が発生したような場合であっても、製薬会社は特許を開放することなくむしろそこから利益を上げているのだから、公共の福利(フェアユース)に反すると主張するのである。

さらには、特許制度が存在しないと模倣が発生するものの、後発者が模倣をするにも時間がかかるから先行者が優位であることに変わりはないし、そもそも模倣は競争の結果として生じるものであるから競争促進的であって市場原理に適うものである、と「単純模倣」までをも容認するかのような主張を行っている。

特許制度に関しては、ドイツ海賊党も、共有の財物を私有化することにつながるという理由によって、生物・ゲノム関連、商業アイデア(おそらくはビジネスモデルを指すものと考えられる。)関連及びソフトウェア関連についての特許は認めるべきでないと主張している。この主張を注意深く検討すれば、これら以外の分野を対象とする特許(例えば機械関連、ソフトウェアを除いた電気関連等。)については、ドイツ海賊党は特許を付与することを認めていると考えられなくもない。そうであるとすれば、著作権の存続期間に関する主張と同様、スウェーデン海賊党の「特許制度廃止論」に比べれば、ドイツ海賊党の主張はいくぶん丸みがある主張といえそうだ。

 

4.雑感(あるいは多少の所感)

特許制度や著作権制度といった知的財産制度は、情報を保護する制度である。例えば、特許制度は発明という技術情報を保護する制度であり、著作権制度は、顕在化した文章、絵あるいは音などといったコミュニケーションをとる情報を保護する制度である。スチュアート・ブランド※2が「情報は自由になりたがる」と情報の本質を言い当てたとおり、何らの規制がなければ、情報は自由に流通するという側面がある。知的財産制度は、情報に権利を付与して独占権を認める制度であるから、部分的ではあるにせよ、情報の自由な流通を規制する性質がある。

海賊党は、知的財産制度のそのような性質を「特権的」であって社会に弊害を及ぼすものとして捉え、上記のように、知的財産制度による保護の弱体化あるいは廃止を主張している。海賊党に限らずとも、情報に独占権を付与する知的財産制度の「弊害」を捉えて、知的財産制度の弱体化や廃止を主張する勢力も存在する。例えば、フリーソフトウェア運動を立ち上げた天才ハッカーのリチャード・ストールマンは、その筆頭として挙げられるであろう。

確かに、知的財産制度による過分な保護は社会的に弊害をもたらす可能性があるものの、価値のある情報を創出した対価として独占権を付与して一定の保護が与えられなければ、(情報の)創作に対するインセンティブが働かなくなり、社会の動きが停滞することにつながる。したがって、知財実務家のはしくれとしては、海賊党が主張するような特許制度不要論や著作権の効力の(大幅な)制限には、理論的に(もちろん感情的にも)受け入れがたいものがある。

その一方で、上記のように、知的財産制度による過分な保護は社会的な弊害をもたらす可能性もあることから、例えば、現代における技術刷新の加速化やUGCの隆盛等といった社会の実情に合わせて、情報の保護と利用のバランスを確認して、過分な保護となるような場合には見直しを検討するといった姿勢も必要であろう。海賊党の知財ポリシーは、そのようなバランスを確認する場合の警鐘として機能するかもしれない。

 

<注>

※1 浜本 隆志 著(2013)『海賊党の思想 フリーダウンロードと液体民主主義』白水社 P.62

※2 スチュアート・ブランドについては、先日、筆者が書いた記事「サイバー曼荼羅 −コンピュータ文化をカウンターカルチャーのフィルタを通したときに見える世界−[第2回:触媒がコンピュータの夢を紡ぐ]」(https://ftip.jp/media-ftip/578)を参照してもらえるとありがたい。

 

<参考文献>

・浜本 隆志 著(2013)『海賊党の思想 フリーダウンロードと液体民主主義』白水社

・フリー百科事典『ウィキペディア』「海賊党(スウェーデン)」

・フリー百科事典『ウィキペディア』「海賊党」

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