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現代に移植することができそうなサイバーカルチャー

2024.11.25

目次

1.「サイバーカルチャー」を定義する

「サイバーカルチャー」とはなんだろうか。そもそも、「サイバー」の意味がよくわからないであろう。「サイバー」(cyber-)という言葉を辞書(リーダーズ英和辞典)で引いてみると、コンピュータやネットワークに関する接頭辞であることがわかる。たとえば、「サイバー空間(サイバースペース)」のように、別の語と結合して用いられる。ちなみに、「サイバー空間」は“コンピュータやネットワーク上に構築された仮想的な空間”と意味づけられ、サイバーパンク小説「ニューロマンサー」等で知られる作家のウイリアム・ギブスンが初めて使った言葉であるとされている。

「サイバー」の語の意義から「サイバーカルチャー」を定義するならば、“コンピュータ的な文化”とか“ネットワーク的な文化”とかいった意味に把握できそうであるが、本稿では、この数十年間で新たな世界を作り上げてきたコンピュータやネットワークといったデジタル技術を念頭におきつつ「サイバー」の語を少し抽象的に捉えて、「サイバーカルチャー」を“近未来的な文化”と定義することにする。

そこで、本稿では、現代で実装可能な技術を用いることで実現できそうなサイバーカルチャー(近未来的な文化)、すなわち現代に移植することができそうなサイバーカルチャーとして、(1)宇宙人探索、(2)幽霊を可視化する技術、(3)ミレニアル・ウィッチ(新しい魔女)、を取り上げて、それぞれについて検討してみることにしたい。

2.サイバーカルチャー各論

(1)宇宙人探索

宇宙人というと、SFの世界や超常現象の世界に登場する架空の存在のような雰囲気があって、胡散臭さを感じる向きもあるかもしれないが、宇宙人を「地球外知的生命体」と置換すれば、いきおい現実味を帯びてくるかもしれない。実際に、「地球外知的生命体探査」というプロジェクトは、実は古くから世界中で行われており、それほど目新しいものでもないことから、宇宙人探索は本稿で定義するサイバー感覚とはいえないとも考えることもできよう。

もっとも、現在のところ、この種のプロジェクトにおいて、「地球外知的生命体」の探索に成功したという事例は散見されない。

ところで、近年は、これまで国家主導で進んできた宇宙開発(Old Spaceの時代といわれる。)が民間主導にシフトすることによって宇宙ビジネス化して宇宙開発が促進される、いわゆるNew Spaceの時代になったといわれており、宇宙ビジネスにグローバルな規模の大きな注目が集まっている。たとえばアメリカでは、シリコンバレーを中心としたベンチャーが多額の資金を集め、宇宙ビジネスを推進している。イーロン・マスクが率いるSpace Xでは、再利用が可能なロケットを用いることによってロケットの打ち上げコストを削減する等、宇宙開発の新たなフィールドを切り拓いている。

New Spaceの宇宙ビジネスが活発化することによって、これまでとは異なるステージでの宇宙人探索が実行され、宇宙人とのコンタクトが実現されることも夢ではないかもしれない。宇宙人探索との関係で特に注目すべき宇宙ビジネスといえば、宇宙開発のインフラともいえる人工衛星に関するものが挙げられるであろう。特に、New Spaceの人工衛星は「小型化」と「量産化」がキーワードになっており、数十キロ〜数百キロの小型衛星を数十〜数百(場合によっては数千、数万ということもある。)という規模で打ち上げて、これら多数の人工衛星群を衛星間通信で連携させて一つのまとまりとして稼働させるコンステレーションという構想が活発化している(コンステレーションも古くから構想されていたものであるが、New Spaceの時代になって活発化している。)。

コンステレーションによって、観察範囲が広範囲になり、かつ撮影頻度も高くなるといわれているから、人工衛星からの映像に「何か」が映ってしまうかもしれないし、その頻度も高くなるかもしれない。『未知との遭遇』の機会が増えることが期待される。

(2)幽霊を可視化する技術

いかにもオカルト的で、宇宙人探索以上に胡散臭さを感じる向きもあるかもしれないテーマではあるが、論理的に考えるならば、幽霊を構成する物質を解明することができれば、幽霊を可視化することができるであろうとの仮説を立てることが可能であって、幽霊を可視化することができるのであれば、当然、幽霊の存在が証明されたという帰結になる。

幽霊を構成する物質としてしばしば言及されるものは、ダークマター(暗黒物質)である。ダークマターとは、存在が証明されていない理論上の物質であって、天文学的現象を説明するために仮定された物質である。銀河系が形成される前の宇宙の創成期において、視認可能な物質は光の散乱によって拡散されていた。ところが、光の散乱で拡散されることなく自重で凝縮することで重力場を形成するダークマターが、その重力場に他の物質を引きつけることで、銀河系を形成したという。

ダークマターは、質量はあるものの他の物質と相互作用をすることがなく、光学的に直接観測できない(見えない)といった特徴があるとされている。このようなダークマターを構成する具体的な物質の候補としては、超対称性粒子(ニュートラリーノ)、アクシオンなどが挙げられているものの、いずれも発見されていない未知の物質であるから、実在しない可能性が大いに指摘されている。

ところが、ダークマターと同様に、理論的に存在が予想されていた素粒子であるヒッグス粒子が、2010年代の初頭に、スイスのジュネーブに設置されている大型ハドロン衝突型加速器(LHC)によって実際に観測されたことから、ダークマターであるアクシオンが存在していてもおかしくないであろうという論が登場してきたのである。すなわち、LHCによってヒッグス粒子が観測できたのであるから、アクシオンも観測できる可能性があるということである。

ところで、なぜ、ダークマター(のうち特にアクシオン)が幽霊を構成する物質として言及されるのかといえば、アクシオンがもつ“電磁場で光子に変化したり戻ったりする”という特徴、すなわち電磁場で現れたり消えたりするというアクシオンの特徴が心霊現象に近いからであるといわれている。そもそも、電磁場の影響によって心霊現象が起きるといわれており(実際には、神経や脳に流れ込む電気信号に電磁場が作用して、脳に記憶されている“心霊現象のイメージ”と結びつくからであると説明されることがある。)、そのような心霊現象の主体がアクシオン、すなわち幽霊を構成する物質がアクシオンである、ということになる。これが本当であるかどうかはともかく、人間が現時点で発見できていない素粒子で幽霊が構成されている可能性があるということは、否定できない。

すなわち、LHCによってアクシオンを観測することができたら、もしかしたら幽霊を構成する物質を解明することができて、幽霊を可視化することができるかもしれないのである。

その一方で、幽霊は、三次元の世界とは次元の異なる世界の存在であって、三次元の物質世界で認識される物質という概念が当てはめられるものではなく(三次元の物質世界とは全く異なる物理体系に属している。)、人間の知る物理学で証明できるものではないから、これを無理に当てはめようとすれば、その本質を理解することの阻害になるとの言説も存在している。

(3)ミレニアル・ウィッチ(新しい魔女)

魔女という存在が確認できるのは、有史以前と非常に古い。そのころの魔女は、薬草を用いた療法、豊作祈願、雨乞いや晴天祈願等といった自然信仰を司る呪術者(シャーマン)であると認識されていた。この時代の魔女は、人々から信頼された存在であったといわれているが、中世になると、主にヨーロッパにおいて、魔女はキリスト教に対する異端者あるいは悪魔的なふるまいを行う者と認識され、いわゆる「魔女狩り」が行われるようになり、迫害の対象となったのである。

現代になると、魔女に対する人々の考え方には、中世の魔女に対するそれとは大きな相違がもたらされることになった。魔女狩りの法的な根拠となっていた英国のアンチ・ウィッチクラフト法が1951年に廃止され、続いて『今日の魔女術』という現代の魔女のあり方を説いた著書が発行され、現代の魔女を実践する「ウィッカ」(現代魔女宗)と称される主義が台頭することになった。1960年代になると、現代魔女宗は、当時隆盛していたヒッピー文化とも結びついて、ひとつのカウンターカルチャーを形成した。その後の魔女文化は、魔女の思想や儀式や信仰等を忠実に実践する文化が存在する一方で、フェミニズム運動、エコロジー運動、さらにはファッションカルチャーとも融合して、生活の中にも溶け込んでいったのである。

2000年代になり、いわゆる「Z世代」の魔女が誕生している。彼女たちは「ミレニアル・ウィッチ」と称されており、インターネット世代の魔女として着目されている。ミレニアル・ウィッチがこれまでの魔女と異なる最も顕著な点は、デジタル技術との結びつきであろう。典型的には、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を介して入り込むヴァーチャルリアリティ(VR)空間において、「魔術」を実践する、あるいはサイケデリック体験を生み出そうとする等といった点において、デジタル技術と結びついているといえる。すなわち、HMDを用いたVR技術によって別の空間(VR空間)にアクセスするのであって、ここにスピリチュアルとテクノロジーとの融合がみられる。

もっとも、VRという概念は、HMDが登場する以前から存在していた概念であって、ミレニアル・ウィッチを含む魔女が実践するVRは、HMDを前提とするものではない。たとえば、実践派の魔女は、呼吸法、お香、歌、踊りあるいは瞑想などによってトランス状態に入り、VR空間(デジタル技術によって実現されるものではない。)にアクセスするのだという。HMDを用いたVR技術は、あくまでも「魔術」を実践するためのひとつの便法にすぎないのであり、しかも魔術を実践する他の手法(たとえば先に挙げた呼吸法やお香、瞑想等)と比べると、その実現性はまだまだ途上であるといえよう。そうであるからこそ、今後、真の魔術を実践していく手法としてHMDを用いたVR技術の研究が積み重ねられていくと、興味深い成果が出ることも期待できる。

ちなみに、90年代のデジタル文化の深層域に迫った『サイベリア デジタル・アンダーグラウンドの現在形(アスキー出版)』(ダグラス・ラシュコフ 著 大森望 訳)によれば、「魔実(マジック:「魔術」をあえてこう表記している)」は、意識的な目的を実現するための「技術であり道具であり」、その目的を実現するために、人間は、「無意識の服従」に屈しないように「自己の魔術的技術的能力を開花させる」必要があるとしている(ややトートロジーくさいところはある。)。

3.その他のサイバーカルチャー

他にも、現代に移植することができそうなサイバーカルチャーとしては、サイボーグを挙げることができるであろう。サイボーグは、サイバネティック・オーガニズム(Cybernetic Organism)の略称であって、生命体(organ)と自動制御系の技術(cybernetic)との融合であると説明される(フリー百科事典『ウィキペディア』「サイボーグ」)。

たとえば、眼球にVRゴーグルと同等の機能を有するマイクロ装置を埋め込んでサイボーグ化するといったことが考えられ、この場合、実空間と仮想空間との境目は消失するかもしれないし、かつて『サイボーグ009』で描かれたサイボーグ戦士のように、奥歯に埋め込まれた「加速装置」によって人体の動作速度を爆上げすることができるかもしれないが、これら眼球のVRゴーグルや加速装置はもうちょっと先の未来技術で実現されるサイバーカルチャーかもしれない。

一方で、人体に装着されて人を支援する「サイボーグ」技術は、既に実装されている。CYBERDYNE(サイバーダイン)は、人に装着することで身体機能を増幅あるいは拡張する装着型サイボーグ(パワードスーツ)を開発する企業であり、サイボーグというサイバーカルチャーを現代の技術で実装することに成功している。

他に、少し夢想的なサイバーカルチャーとしては、『新世紀エヴァンゲリオン』で描かれた「人類補完計画」を挙げておきたい。「人類補完計画」を実現するために何を実行するのか、想像したくはないが「サードインパクト」かもしれない(危険思想の持ち主といわれかねない。)。現実的に考えれば、アニメーションで描かれた世界観を、XR技術によって仮想的に実現するといったところが現時点では落としどころになるのかもしれない。