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ポスト知財〜知的財産権による保護から逸れてしまった「アウトサイダー」な情報財で事業競争力を向上させる考え方〜

2023.12.20

目次

1.「ポスト知財」のコンセプト

アイデア、思想、コンセプト、設計等といった各種の情報財の中には、社会に有用性をもたらすとして、メディア(情報伝達手段)あるいはフレームワークとしての知的財産権で保護されるものがある。特許権、意匠権、商標権、著作権等といった知的財産権で保護される情報財は、発明や考案といった技術思想、デザイン、ブランド、表現等であり、これらメディア等としての知的財産権で保護された情報財は、市場において独占的な地位を獲得することになるから、客体である情報財と紐付けされる事業そのものの価値が希少あるいは有意であれば、事業者の事業競争力の向上に資する。事業競争力が向上すれば、その事業者の事業は社会に広く伝播する可能性がある。

一方、現行制度による知的財産権では保護されない情報財であるものの、焦点の当て方によっては、知的財産権で保護される情報財と同様に、事業者の競争力の向上に資する情報財が存在する。知的財産権として保護されない情報財は、時として無用であるかのように扱われることがある。このような情報財の全てに有用性があるとは考えられないものの、その利用方法や活用方法が判然としないから、無用であるかのように扱われているにすぎないものもあるかもしれないし、評価する視点を変えれば俄然、有用性が表出するものもあるかもしれないし、あるいは単に保護する枠組み(プラットフォーム)が存在しないものもあるかもしれない。実際には有用であるにも関わらず、社会に伝播するメディアが存在しないから、埋もれたままになってしまったり消失してしまったりする情報財が存在するならば、事業者にとっても社会にとっても多大な損失となろう。

そこで、本稿では、知的財産権による保護から逸れてしまった「アウトサイダー」な情報財であって捉え方によっては事業者に有用性がある情報財(「無形資産」とも言い換えられるであろう。)を可視化したものを「ポスト知財」と称することとして、知的財産権による保護が難しい情報財にどのような光を当てれば、事業競争力を向上させるツールであると認識できる「ポスト知財」として活用することができるのかを検討してみることとしたい。

 

2.知的財産権あるいはそれに類するフレームワークによって保護される情報財の例

まずは、法的な保護が制度によって与えられる主要な情報財について概観してみると、抽象的な技術思想である発明及び考案はそれぞれ、特許発明及び登録実用新案として保護され、物品の美的な外観である意匠は登録意匠として保護され、商標に化体した業務上の信用は登録商標として保護される。これらは基本的に、法上の要件を満たした場合に登録されて、排他的な独占権が付与されて法的に保護される。さらに、創作的な表現については、登録が不要な著作物として相対的な独占権が付与されて法的に保護される。

一方、営業秘密(ノウハウ)やビッグデータ等の情報財は、独占的な権利が付与されて法的に保護されるものではないものの、一定の要件を満たせば不正競争行為から保護される。

 

3.知的財産権による保護の対象とならない情報財の具体例

続いて、知的財産権による保護の対象とならない情報財の具体例をいくつか概観してみたい。知的財産権による保護の対象とならない情報財としては、概略、以下のようなものが想定される。

なお、ここで以下に列挙するものはあくまでも一例であって、知的財産権による保護の対象とならない情報財は、他にも種々のものが存在すると考えられる。

(1)ビジネスモデル

ビジネスモデルとは、ビジネスの対象となるプロダクトやサービスで市場における競争優位性を生み出すためのプラン(企画)である。「ビジネスモデル特許」という言葉が存在しており、ビジネスモデルそのものが特許権として保護されるかのような誤解を与える一因となっているが、実際には、ビジネスモデルそれ自体は知的財産権による保護を受けられない情報財の代名詞的な存在であろう。

(2)公知技術

公知技術とは、不特定人に知られることとなった(公然に知られることとなった)技術である。特許発明を構成する技術も、その特許権の存続期間が満了すれば公知技術である。ある者の発明が公知技術であった場合は、万人共有の財産(パブリックドメイン)であるとして特許権による保護を受けることはできない。

(3)製品仕様

製品仕様とは、製品の能力、形状、構造、素材(材料)、寸法、規格等といった要求事項であり、英語のspecification(仕様)を略して「スペック」などとも称されることがある。文書化された製品仕様には、著作権が発生する可能性も完全に否定はできないが、一般的には想定しにくい。

(4)ブランドイメージ

商品やサービスを識別する識別標識に付着する、その商品やサービスに対する評判(信用)をブランドとして保護する知的財産権は商標権であるが、たとえば、世界的に著名なハイブランドについて、「ゴージャス」とか「ノーブル」とか「ラグジュアリー」といった抽象的なイメージが付着している場合、このような抽象的なイメージを可視化あるいは定量化して、知的財産権で保護することは困難である。

(5)コーポレート・アイデンティティ(CI)

コーポレート・アイデンティティとは、企業の文化や理念を、統一的なイメージ・デザインあるいはメッセージ等で構成して社会へ伝達するビジネス手法のことである。イメージ・デザイン等であれば商標として保護することも可能な場合はあるであろうが、メッセージ等によって構成される場合は、需要者等が出所を識別することができる標識であると認識できない商標であると判断される可能性があり、知的財産権で保護することは困難であると想定される。

(6)製品(サービス)コンセプト

製品(サービス)コンセプトとは、この製品(サービス)は、誰が何のためにどのように使用するのかという製品(サービス)の基本的な設計思想のことであり、ときに視覚的なイメージやテキストメッセージを伴うことがある。視覚的なイメージやテキストメッセージについてたとえば商標等で保護することによって、間接的に製品(サービス)コンセプトの保護を図ることは可能であろうが、たとえばオンライン会議システムについての「互いに離れた空間と空間とをつないでリアルの会議であるかのような臨場感をユーザに体感させる」といった設計思想そのものは、知的財産権で直接的に保護することは困難である。

(7)その他

短いセリフや名言、名声、SNSアカウント、営業秘密に該当しないような社長の人脈、顧客とのネットワーク、バリューチェーン、サプライチェーン、業界内のポジション、組織力(従業員の士気)、大量の収集物や編集物(編集著作物に該当するものを除く。)、レシピ(書き起こされて著作物に該当するようなものを除く。)、料理の味、事業上の有益かつ不可欠な情報(営業秘密に該当するものを除く。)、顧客情報、契約で生じる関係、人材等も、知的財産権で保護されない(可能性がある)情報財の一例として挙げることができる。

 

4.ポスト知財を可視化する手法

知的財産権による保護の対象とならない情報財を可視化してポスト知財とすることによって、事業(あるいは事業者)やサービスに独創性(事業者の個性)が付与されると、事業競争力が向上する可能性がある。ポスト知財として把握することの目的は、この独創性(事業者の個性)を顕在化させることである。換言すれば、事業者にとって実際は価値がある情報財であるのに、価値がないと思われている情報財の価値あるいは価値が見えにくい情報財の価値を可視化することが、ポスト知財として把握することの目的である。

もちろん、知的財産権による保護の対象とならない情報財には、事業者にとって有用ではないものも存在しているであろうことから、可視化を検討する情報財の取捨選択は重要である。

可視化の手法はいろいろあると考えられるものの、本稿では、ポスト知財として最も効果的に可視化できるであろうと考えられる以下の2つの手法を提案する。

4.1 ストーリーづくり

誕生秘話、隠されたエピソード、成功体験あるいは失敗談等といったストーリーは、需要者の共感を生みやすいものであるから、知的財産権による保護が難しい情報財であって需要者の感性や感覚に訴えかけるという特徴を有する情報財であれば、これをポスト知財として可視化する手法として、ストーリーづくりは最適な手法である。

たとえば衣類等といったアパレルのデザインや、身飾品等といったアクセサリのデザインは、知的財産権(たとえば意匠権)による保護がなじみにくい一方で、「おしゃれ」とか「きれい」等といった需要者の感性に訴えかけるという特徴を有する情報財であると把握することができることから、ストーリーづくりでポスト知財として価値の可視化を試みてもよいであろう。

さらに、たとえば製品のコンセプトは、知的財産権による保護が難しい情報財であり、先に例示した「互いに離れた空間と空間とをつないでリアルの会議であるかのような臨場感をユーザに体感させる」といった製品のコンセプトは、需要者の感覚に訴えかけるという特徴を有すると考えられることから、やはり、ストーリーづくりでポスト知財として価値の可視化を試みてもよいであろう。

ストーリーづくりに際しては、たとえば特徴的なアパレルのデザインであればなぜそのデザインが創作されたのか、たとえば製品のコンセプトであればなぜそのようなコンセプトになっているのか等、他社に対して自社のイメージを向上させて自社を差別的に評価できるようなストーリーを作ることを心がける。

このように、ストーリーづくりによって情報財の価値の可視化を図ることは、とりもなおさず、情報財が結びつく製品やサービスをブランディングするということであり、ブランディングによって認知度が向上する結果、他者による模倣が防止されて、その事業者の事業競争力が向上することが想定される。たとえば、アパレルの特徴的なデザインをポスト知財と把握して、そのデザインができあがる過程についてストーリーづくりをすることによって、「このデザインはA社のものだ。」という認知度を得ることができれば、他者による模倣が防止されることが期待できる。その反射効として、A社の事業競争力が高められることが想定される。

4.2 評価基準の作成及びそれに基づく評価

知的財産権による保護が難しい情報財を評価する評価基準を作成し、作成した評価基準に基づいて情報財を評価することによって、ポスト知財として可視化することによって客観化することを検討する。先に例示した「製品仕様」の意義(製品仕様とは、製品の能力、形状、構造、素材(材料)、寸法、規格等といった要求事項である)を踏まえれば、評価基準の作成とは、情報財に応じた要求事項を作成することである。情報財に応じた要求事項とは、数値化あるいは格付けをすることができるような、その情報財がもつ特徴あるいは有用性のある事項のことである。このような特徴あるいは有用性のある事項について、試験、実験、リサーチあるいはヒアリング等を行うといったフィルタをかけることによって、要求事項を調整してその情報財の仕様を評価基準として作成するのである。

たとえば、アクリル樹脂を原料とした製品について、製品及びその製法も新規なものではなく、既存技術あるいはそれに微細な改良を加えたに過ぎないものであって、ノウハウや発明に該当するようなものでもない、いわゆる公知技術ではあるものの、その製品の成形や加工は複数のプロセスのすり合わせで実現されることから、一般的に実施することは難しく、熟練工の存在や効率化された製造ラインのおかげで自社のみが製造できるといった場合を想定する※1

この場合、製品及び製法は公知の情報財であるから知的財産権による保護は難しいものの、製品あるいは製法の仕様を評価基準として作成し、この評価基準に基づいて情報財を評価して規格化することで、ポスト知財として価値の可視化を試みることができそうである※1

たとえば、アクリル樹脂の分量、耐衝撃性、光の透過率、耐熱性、製造コスト等を評価基準として作成し、あるいはアクリル製品の製法について、工程の詳細、使用機器、条件(荷重、時間、材料、温度、作業者の経験年数等)等を評価基準として作成したうえで規格化する。これによって、公知の情報財であっても、その情報財に有用性があればポスト知財として可視化されると考える。

この評価基準を作成する際には、自社、自社製品(製法)あるいは自社のサービスを差別的に評価できる基準を作成することを心がけるようにする。たとえば、アクリル製品について「光の透過率」に自社製品の強みがあるような場合は、この強みを積極的かつ差別的に評価できる基準を作成するのである。

評価基準を作成した当初は、その評価基準はいわゆる社内基準であって、第三者からすれば単なる自己評価に過ぎないとみなされる場合も大いにあるであろうことが想定されるものの、社内基準として確立させた後、業界(たとえばアクリル製品の業界)内で、競合他社、業界団体、消費者団体、アカデミア等の利害関係者と利害関係を調整して業界団体(フォーラム)を設立し、自社で作成した評価基準(社内基準)を業界基準(フォーラム標準)にまで持ち込めれば、自社で作成した評価基準で評価した情報財は、競合他社に対して大きな優位性を獲得することができることが想定される。

自社(自社製品、製法あるいはサービス)に有利な評価基準がフォーラム標準となれば、爾後、自社の動向をフォーラム標準に反映させることができるようになる。すなわち、「ルールを自分で決める」ことによって、自社の事業を有利に導くことができるようになるのである。このように、自社で作成した評価基準をフォーラム標準として成立させることは、ポスト知財として価値の可視化を図るために評価基準を作成して情報財を評価する手法を選択する場合の、最も理想的でかつ究極的な到達目標であるといえよう。

もっとも、自社で作成した評価基準(社内基準)をフォーラム標準として成立させるという手法は、実際には相当程度に困難であることが想定される。その文脈では、評価基準をフォーラム標準として成立させる手法は、ポスト知財の典型的な考え方を示したにすぎないものとも考えられる一方で、社内基準として評価基準を作成して情報財を評価する手法は、誰でも実践できて情報財の価値の可視化を図ることができる可能性がある有用な手法である。

この場合において、社内基準として評価基準を作成するとともに、たとえば、その評価基準を作成して採用するに至るまでの経緯等にストーリーをつけて、「ストーリーづくり+評価基準の作成」という2つの手法のハイブリッドによって、情報財の価値の可視化を効果的に実行できる可能性がある。

なお、フォーラム標準からさらに一歩進んで、公的標準(デジュール標準)を検討するということも考えられるが、この段階にまで進むには種々のめぐり合わせも必要になるから、フォーラム標準として成立させる手法以上に、容易に一般化できるものではない。

 

5.情報の公開(情報発信)

情報財についてポスト知財として価値の可視化を図ったとしても、誰にも見られることがなく、かつ気にも留められなければ、可視化を行った意義が損なわれる。単に可視化を行っただけでは、誰にも気づかれることはないのである。したがって、ポスト知財として情報財の価値の可視化を行ったら、上記のような可視化の手法を用いた情報財の内容や特徴を情報として公開する必要がある。あえていうまでもないことではあるものの、日常的に使われるなじみのある用語に言い換えれば、情報発信をするということである。

情報発信の方法の詳細を述べることは本稿の趣旨ではなく、筆者に特別の知見があるものでもないし、かつ専門の書籍等も多数存在することから、本稿ではごく簡単に触れるにとどめるとして、たとえば、情報財の紹介をテキスト化する、図表や画像(動画像を含む。)でビジュアル化する等によってコンテンツ化して、ウェブ、SNSあるいはプレスリリース等といったメディアを用いて情報発信をすることが想定される。

情報発信をすることによって人の目に触れる機会が増える(露出する機会が増える)ことから、ストーリーづくりでポスト知財として可視化した情報財あるいは評価基準を作成してポスト知財として可視化した情報財が、その情報発信をした者(ポスト知財化した事業者)の情報財であると認知されることになり、ブランディングへの途が拓かれることになる。換言すれば、価値の可視化に成功した情報財のオリジンに関する社会的なコンセンサスを形成することができるということである。

したがって、「ストーリーづくりと情報発信」あるいは「評価基準の策定と情報発信」とセットで実行することではじめて、情報財のポスト知財化による実効性(事業競争力の向上)があるものと考える。

 

6.アライアンスによる契約の締結(イグジット)

これまで述べてきたように、知的財産権による保護が難しい情報財の価値の可視化を図ってポスト知財化し、かつ情報発信をして周知化することで、「情報財の価値を可視化して周知化した」という事実状態を作り出したことになる。ここまで実行できれば、作り出した事実状態が規制として機能して、ポスト知財化した情報財が事業競争力を向上させる一助になると考えられる一方で、事業として具現化させて収益化を図る観点からは、更に一歩進んで、ポスト知財化した情報財を対象として、他の事業者とアライアンスを組むことも検討してもよいだろう。すなわち、他社とのアライアンスで契約を締結(たとえば共同研究開発契約や業務委託契約等)することによって、事実状態から当事者間での法的拘束力を生じさせる状態に移行させるのである。

このように、当事者間で法的拘束力を生じさせる状態を作り出すことができれば、当事者間の行動規制として機能することから、アライアンスの目的に従った行動がとられる結果、事業としての収益化が図られることも期待しうるであろう。

したがって、収益性のある事業として具現化させる観点からは、ポスト知財のイグジット(出口)として、他社とのアライアンスやマッチングを設定することが好ましい。

 

7.まとめ

以上のように、本稿では、知的財産権による保護から逸れた有用な情報財(無形資産)を可視化したものをポスト知財と称することにして、ポスト知財化する手法を検討してきた。本稿で検討した手法は、「ストーリーづくり」及び「評価基準の作成及びそれに基づく評価」の2つであって、情報財の特性によっていずれか一方を選択したり、あるいは双方を組み合わせたりしたうえで、情報発信をすること、更にはアライアンス(マッチング)を検討することが好ましいであろうことを提案した。これらの手法や提案は、あくまでも例示にすぎないと考えられ、情報財の特性によっては、全く別の手法が適しているかもしれない。

もっとも、どのような手法を採るにせよ、特許権のように法的な権利として設定できるものではないから、ポスト知財の帰着するところは情報財のブランディングであると考えられる。そうであるとすれば、ポスト知財化した情報財が広く社会に伝播し、かつ固有の事業者のものと認知されるといった社会的なコンセンサスが得られるようになれば、ポスト知財化した情報財に対する第三者によるフリーライドが抑制されるであろう。すなわち、ポスト知財に対する社会的な事実上の規制が設けられることになるから、その事業者の事業競争力を向上させることにつながるものと考える。

※本記事は、知財系Advent Calendar 2023に参加しています。

<注>

※1 もちろん、すり合わせ技術によって顕著な効果が生じるとして、特許として成立する可能性もあるが、本稿ではいわゆる特許性がない場合を想定している。

 

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