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サイバー曼荼羅 −コンピュータ文化をカウンターカルチャーのフィルタを通したときに見える世界−【第5回:ハッカーたちの共同作業】

2023.05.19

オープンソースソフトウェアとは、ソースコードを公開し、複製・改変・改変結果の配布を許諾するライセンス(オープンソースライセンス)を伴ったソフトウェアのことであるが、エリック・レイモンドとブルース・ペレンスが設立したオープンソースソフトウェアの啓蒙団体であるオープンソース・イニシアチブ(Open Source Initiative:OSI)によれば、厳密には、次の10の要件をみたすソフトウェアが、オープンソースソフトウェアであるとしている。

 

①再配布の自由を認めること

②ソースコードの配布・開示を認めること

③ソフトウェアの改変・翻案・保守(バグの修正、移植、改良)等の自由を認めること

④ソースコードの配布・開示を制限する場合においては、コンパイルの際にそのソフトウェアを改変することができるパッチファイルの配布を許可すること

⑤ライセンスにおいては、特定の個人や団体を差別しないこと

⑥ライセンスにおいては、特定の分野での使用を制限しないこと

⑦ライセンスは、そのソフトウェアの配布を受けた者にも適用されること

⑧ライセンスが特定のソフトウェアを対象とするものではないこと

⑨オープンソースソフトウェアが他のソフトウェアに組み込まれる際に、オープンソースソフトウェアのライセンスが組み込まれる他のソフトウェアに影響を及ぼすものではないこと

⑩ライセンスが特定の技術に依存するものではないこと

 

このようなオープンソースソフトウェアが、いわゆるバザール方式のような開発環境で開発されるにあたって常に論考の対象となるのが、開発に参加するプログラマのモチベーションである。開発に参加したからといって、報酬が支払われるものでもないし、報酬以外の経済的な見返りがあるものでもない。では彼らは、何のために開発に参加するのだろうか。

ペレンスによれば、プログラムのコピーを作ってそれを配布する権利、ソースコードを入手する権利、及びプログラムを改良する権利が保障されるからであるとされているが、このような権利が保障されることによってプログラマにもたらされるメリットを知ることが、ここでの最適解である。

この点、クリエイティブ・コモンズの創始者でありサイバー法学の権威であるローレンス・レッシグによれば、①誰かがやることを自分でやるだけのことだという基本発想がある中で、開発作業(課題)は結局自分のためにやるという意識があること、②多くの人にプロジェクトが共有されることを願うという強い動機を持っていることが、開発に参加するプログラマのモチベーションであるとされている。

 

オープンソースソフトウェアの開発に参加するプログラマは、ハッカーであるか、少なくともハッカー文化の影響を受けた者であることが多い。前にも述べたが、そもそもハッカーは体制や制度といったあらゆるものに拘束されることを嫌うのであって、それがハッカーの本質でもある。ハッカーは、既存のソフトウェアに拘束されることを拒否し、自分たちでソフトウェアを書いた。いうなれば、自分たちで「世界」を記述したのである。ハッカーのこのような本質を、誤解を恐れずに「DIY精神」と言い換えるならば、このDIY精神こそ、オープンソースソフトウェアの開発に参加するモチベーションであって、レッシグの上記①の指摘と一致する。

さらに、これも前に述べたが、ハッカーは博愛精神にもあふれており、それはときには宗教的ですらあるという。ハッカーは、こうした持ち前の博愛精神で、自分で書いたソフトウェアを皆で共有したのである。おそらくは「こんなソフトウェアを書いたのだけど、どうかな?よかったら使ってみてくれないかな。」とか、「こんなすごいソフトウェアを書いたよ、せっかくだからみんなにも共有するね。ただし、GNU GPLとかくっついているけどねwww。」とかいったノリで共有したのであろう。この博愛精神が、ハッカーをオープンソースソフトウェアの開発の参加へと突き動かしたのであって、レッシグの上記②の指摘と一致する。

 

ところで、オープンソースソフトウェアの開発は、その開発に参加するプログラマが情報交換を行うための集合体であるオープンソースコミュニティを中心として行われている。オープンソースコミュニティを中心としたソフトウェアの開発は、「多くの目」でバグを見つけることができ、数々の知見に基づいて進められることから、前回述べたカテドラル(伽藍)方式での開発に比べて迅速に進められる点に特徴がある。

この点、フレデリック・ブルックスは、『人月の神話』(1975)の中で、「遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加は、さらにプロジェクトを遅らせるだけだ」※1として、作業要員が増えたとしても、作業の進捗が必ず早まるものではないと提唱した(ブルックスの法則)が、バザール方式での開発が行われるようになり、必ずしもこの法則が通用するものではなくなったといえるだろう。

 

オープンソースコミュニティは、そのコミュニティが採用するオープンソースライセンスの下で成立しており、有名なコミュニティとしては、Apache Software Foundation、Linux Foundation、GNUやMozillaなどが挙げられる。

オープンソースライセンスは、コピーレフトの性質(前に述べたいわゆるウイルス性※2)が強いGNU GPLとそれ以外のライセンスとで分類されることが多いようである。GNU GPLは、ストールマンのフリーソフトウェア財団(FSF)によって管理されており、GNU GPLを採用するソフトウェアは、オープンソースライセンスを伴うソフトウェアをオープンソースソフトウェアと称することが採択された後も、依然としてフリーソフトウェアと称されることが多いようだ。

オープンソースソフトウェアを支持する層には、フリーソフトウェアもその一部として含まれるものと考える向きもあるようだが、オープンソースライセンスにおけるコピーレフトの性質の有無が両者を「思想的に」分断している。すなわち、ソフトウェアの自由を絶対的なドグマとするのか、ソフトウェアの自由よりもソフトウェア利用の利便性の向上といった実利を重視するのかといった思想的な相違が、両者を似て非なるものとしているのである。

 

このようなオープンソースソフトウェアとフリーソフトウェアとの関係について、前回はフリーソフトウェアをパンクになぞらえる一方で、オープンソースソフトウェアをポストパンク/ニュー・ウェイヴになぞらえたが、ハードロック界隈でよく対比される、ハードロックの二大巨頭であるレッド・ツェッペリンと(特に第2期の)ディープ・パープルとの関係にもなぞらえることが可能ではないかと考えている。

ロック全般が黒人音楽であるブルースを基調としていることから、一般的にはハードロックにカテゴライズされる両者にもブルースが根底に流れているところ、レッド・ツェッペリンはそのままブルースを基調としてハードなロックンロールを奏でる拡散的な音楽を創り込んでいくことで、ここには列挙しえないほどの無数のフォロワーを生み出した一方で、ディープ・パープルは、クラシック音楽をモチーフとした表現形式を大胆に取り入れてブルース色を褪色させたドラマチックな音楽を志向して、レッド・ツェッペリン同様、やはり多くのフォロワーを生み出した。

オープンソースソフトウェアとフリーソフトウェアのうちのどちらがレッド・ツェッペリンになぞらえられ、どちらがディープ・パープルになぞらえられるのか、それは個々の読者(リスナー)によってそれぞれの「解」があってもよいと思うし、もちろん、私にも私なりの「解」があるが、ここではこれ以上は踏み込むまい※3

既に気づいておられる方もおられようが、いずれにせよこのレッド・ツェッペリンとディープ・パープルとの対比は、オープンソースソフトウェアとフリーソフトウェアとの対比的な構造にかこつけて、私の趣味をかなり強引にねじ込んだものである。

 

ところで、オープンソースライセンスは、無保証条項や著作権表示条項といった条項を主要な条項として備えていることが一般的である。無保証条項では、オープンソースソフトウェアの品質を保証しない旨が規定され、著作権表示条項では、二次的にソフトウェアを作成した者自身がソフトウェアの原著作権者であるという表示をしてはならない旨が規定され、これら無保証条項、著作権表示条項及びその他の条項に従う限り、ソフトウェアを複製、改変等のうえ再配布できるという仕組みになっている(パーミッシブ・ライセンス)※4

一方、オープンソースライセンスは、コピーレフト条項を備えることでコピーレフトの性質を強める場合もあり、コピーレフト条項では、二次的にソフトウェアを作成して配布する場合には、同じライセンスで配布しなければならい旨が規定され、これに従う限り、改変したソフトウェアを再配布できるという仕組みになっている※5

 

このようなオープンソースライセンスでは、ソースコードの開示義務が著作権法に基づいて根拠づけられるものではないから、その法的性質について「契約」であるのか「条件付き許諾宣言」であるのかといった議論があるようである。この種の議論について深入りすることはここでは避けるが、オープンソースライセンスの法的性質を契約であると位置づけるのであれば、『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』で指摘されるように、契約を用いたリーガルデザインによりアーキテクチャの構築(オープンソースライセンスでいえば、おそらくは、ソースコードの開示義務違反は契約違反を構成するといったアーキテクチャになるのであろう。)を試みることが可能であろう。

 

オープンソースソフトウェアとフリーソフトウェアのいずれにもセットされた「情報の基本的な自由」というコンセプトによって、サイバー世界は大きく躍進したが、これらのソフトウェアとバランスをとってきたのが、プロプライエタリソフトウェアである。プロプライエタリソフトウェアとは何か、そのプロプライエタリソフトウェアの盟主といえば誰なのか、私には伝えたいことがあるのである。“Something I Want to Tell You” ※6

 

<注>

※1 フレデリック・P・ブルックス,Jr. 著 滝沢 徹・牧野 祐子・富澤 昇 訳(2014)『人月の神話』丸善出版 P.23

※2 コピーレフトの性質に対するこの表現は、コピーレフトの思想を適切に評価したものではなく、いささかの悪意を感じないでもないので、好まない。

※3 これ以上踏み込まないとした理由についてもこれ以上の言及は避けるが、何かの参考として少しだけ触れておくと、レッド・ツェッペリンとディープ・パープルとの関係について、音楽的な傾向に加えて更に、レッド・ツェッペリンとディープ・パープルの両者のそれぞれのファンの傾向に注意を払うならば、それぞれのファンは、互いにどちらの側に立っているのか、その旗色(思想)を明確にしたがる傾向があるように思える点を指摘しておく。

※4 例えば、Apache-2.0、BSD-3-Clause、BSD-2-Clause、MIT等が挙げられる。

※5 例えば、GNU GPL v3、MPL-2.0、LGPLv3等が挙げられる。

※6 “Something I Want to Tell You”スモール・フェイセズ(1966)

 

<参考文献>

・ブルース・ペレンス 著 倉骨彰 訳『「オープンソースの定義」について』(https://www.oreilly.co.jp/BOOK/osp/OpenSource_Web_Version/chapter12/chapt  er12.html

・上田 理 著 岩井 久美子 監修(2018)『OSSライセンスの教科書』技術評論社

・ローレンス・レッシグ 著 山形浩生 訳(2010)『REMIX ハイブリッド経済で栄える文化と商業のあり方』翔泳社

・ポール・グレアム 著 川合史朗 監訳(2005)『ハッカーと画家』オーム社

・隅藏康一 編著(2008)『知的財産政策とマネジメント 公共性と知的財産権の最適バランスをめぐって』白桃書房

・菅野政孝 大谷卓史 山本順一 著(2012)『メディアとICTの知的財産権』共立出版

・水野祐 著(2017)『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』フィルムアート社

・フリー百科事典『ウイキペディア』「ハッカー文化」

 

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